ウィークエンドカフェ - 公共 / 非営利 / 包摂空間 -

京都には数多くの喫茶店があるが、ここでは、S/Nとダムタイプの周辺から始まったあるひとつのカフェについて述べたい。すなわち、ウィークエンドカフェである。
ウィークエンドカフェは、1993年12月24日、当時ダムタイプのメンバーであった小山田徹と、京都大学YMCA地塩寮の寮生だった学生(佐藤知久・阿部大雅)の3人が、寮の付属施設「京都大学YMCA 会館」で始めた喫茶店である。1995年、学生2人が京都を離れたため終了した。
京都大学YMCA 会館は、1931(大正2)年にヴォーリズの設計で建てられた2階建ての木造建築で、かつては三木清をはじめ、京大周辺のキリスト者・知識人たちの文化サロンとして機能していた、きわめて魅力的な建築物である。だが90年代初頭は主に市民団体の事務所として利用されており、誰もが集える交流スペースとしての利用はほとんど無かった。
ウィークエンドカフェは、都市のデッドスペースの共用空間化に関心を持っていたアーティストと、この空間を開いて使いたいと思っていた寮生の出会いによって始まったプロジェクトである。店名の通り「営業」は2週間ごとの土曜日のみで、午後8時から、最後の客が帰る朝方までオープンした。当初はさまざまな団体による共同運営方式も模索されたが、この3名と、徐々に増えていった無償ボランティアで切り盛りされた。運転資金は地塩寮から一部を借り、上記3名が残りを出資、売り上げから生じる利益から借金を返し、徐々に必要な備品を買い足していった。コーヒーと紅茶は100円、缶ビールと グラスワインは300円、つまみは無料だったためか、学生寮の方針で「広報はなし」だったにも関わらず、毎回50人から100人以上が訪問、最終的には赤字を出すことなく終了した。
「営利や何からの気晴らしを目的としたものではなく、人々の語らいの場」としてのカフェをつくること、「共通の話題を交換するために集まる」仲間内の場所ではなく、「場所自体はニュートラルなものにしておきたい」という方向性が、当初から目指されていた。ウィークエンドカフェに集まった人びとは強烈な個性を持っていたが、運営方針としては「どこかの団体のたまり場」のようになることを嫌悪していた。ウィークエンドカフェの終了後、その発想を継承した「バザールカフェ」や「カフェ448」「acta」など、コミュニティのための場が続々とオープンした。そのうちのいくつかは現在も運営されている。
(佐藤知久)